2011年2月2日水曜日

情報発信のメリット(濱口さんと労務屋さんのBlogを読んで)

前回の私のBlog記事に関して,濱口桂一郎さんが自身のBlogにおいて言及されているのを見つけました。その内容は,労働政策が中小企業に対して長期雇用を「強制」しようとしたという僕の記述は間違いですよというものでした。

確かにその通りで,強制したわけではありませんね。ここは「誘導しようとして失敗した」といった表現にしておけば適切だったのでしょう。

それでは本当に誘導していたのかという疑問を持つ方もいるかもしれないので,簡単に私の考えを説明しておきます。まず日本の労働政策は長い間,三者構成とされる労政審において議論されて合意に至った内容だけが実質的に法律になるという状況が続いていました。そこで問題となるのが,審議会に参加する労使の代表が,本当にすべての労働者(失業者などの現在働いていない人や非正規の労働者も含む)とすべての使用者(中小零細企業の経営者なども含む)を代表していたのか否かです。

この点に関してよく指摘されるのは,実質的には,審議会において大企業の労働者や組織化された労働者の代表と大企業の経営者の代表の声が,最終的な合意形成に反映されやすかったという問題です。

もちろん審議会メンバーたちは多様な当事者たちの意見を聴取していたでしょうが,最終的には自分たちの利益を最大にするために行動したとするなら,わが国の労働法が大企業に適合性の高いものとなってしまう可能性が高いわけですね。このとき意図しない形ではあっても,中小企業に対する大企業型人事制度への誘導があったと言えるのではないでしょうか。

また労政審のメンバーを誰が選んでいたのかについても考える必要があります。政治が選んでいるのか,それとも実質的には行政が選んでいるのかにもよりますが,もしかしたら日本の大企業で見られる雇用慣行を正しいものとして,中小にもこれを普及させようという意図があって,労使の代表が意図的に選ばれていたのかもしれません。この場合は誘導があったといえますね。他方で労使の代表として単に大きくて目につきやすい,また声の大きい組織の代表を選んでおけばそれで間違いないだろうと考えていたとするなら,この場合は意図しなかったが結果的に「誘導」する形になっていたといえるでしょう。

次に,昨日付けの労務屋さんのBlogでは,私がαSYNODOSというメールマガジン(2月1日配信分)向けに書いた記事について,高知放送事件に関して誤解を生みかねない表現があるとして丁寧な説明をされています(ちなみに当該メルマガの私の記事の次に,労務屋さんの記事もあります)。

私としては「普通解雇について争われた高知放送事件の概要ですが」という表現をしたことで,ここで書かれたことがすべてではなく,あくまで「概要」ですよと言ったつもりでした。しかし確かに労務屋さんのおっしゃるように,ここだけを読んだ人は「日本ではやはり解雇はとても難しいなあ」とか「裁判所は労働者の味方なのだなあ」という印象を強く持ってしまう懸念があります。メルマガの内容を後日どこかに転載できる機会があれば,その際には労務屋さんの当該記事へのリンクを張っておきたいと思います。

濱口さんのBlogも労務屋さんのBlogも,雇用労働問題の研究者や実務家の間では広く読まれているものですね。このようなところで私の誤解や表現の足りないところ等を指摘していただけるのは,とてもありがたいことです。お二方に感謝したいと思います。

今回のようなコメントを頂いて,このように専門家から無料で教えてもらえるということは,情報発信することのメリットだと実感しました。自分で考えているだけでは,誤解に気づきませんからね。もちろん間違いのない記述と表現を追求するのは当然のことですので,今後とも日々精進します。それでは。

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