そこで多くの経済学者が「価格メカニズム」を用いて需要量の抑制を図ろうと提案しているわけです。その際に「電気料金の値上げが必要」とか「電気の使用に対して高い従量税を課せ」といった形の提案をするのですが、これに対して「現在でも困っている人がいるのに値上げするとは何事だ!」といったような批判もあるようです。
しかしそれは誤解かもしれません。
もちろん経済学者の提案が説明不足であることは否定できないでしょう。しかし、例えば「電気料金の値上げが必要」というのは、一般家庭の支払う電気料金の総額を増やせということを必ずしも意味しません。このような提案の趣旨は、従量料金の傾きを急にしようということです。そして、傾きを急にすることが必ずしも家計の圧迫につながるとは限らないのです。以下では簡潔に説明しましょう。
ある一般的な家庭を考えてみます。ここで仮に電気料金が無料だったとしたら、この家庭はどうするでしょうか。おそらく電気を無駄遣いするでしょう。電気もエアコンもつけっぱなしになるかもしれません。
ここで注目して頂きたいのは、この家庭が電気を使うことから得られる満足度についてです。おそらく電気を使う量が倍になれば満足度も倍になるといったような単純な関係は成立していないでしょう。それは最小限の電灯や冷蔵庫のために電気を使うことのメリットが非常に大きいのに対して、使用量が増えれば増えるほど追加的な満足度の増加分が減るからです。
ここで注目して頂きたいのは、この家庭が電気を使うことから得られる満足度についてです。おそらく電気を使う量が倍になれば満足度も倍になるといったような単純な関係は成立していないでしょう。それは最小限の電灯や冷蔵庫のために電気を使うことのメリットが非常に大きいのに対して、使用量が増えれば増えるほど追加的な満足度の増加分が減るからです。
この関係を、一月の電気の使用量を横軸に、また電気を利用することから受ける満足度(を金銭に換算したもの)を縦軸に描くと次のような関係になるでしょう。実際にはこのような奇麗な形をしているかどうか分かりませんが、重要なのは「電気を使う量が増えれば満足度は増えるが、その増え方は減っていく」という点です。
次に電気料金について考えてみます。本当は契約アンペア数により固定部分も変わりますし従量部分は3段階に分かれているためもっと複雑ですが、ここでは単純化のために次の図のように固定部分と従量部分に分かれているものとします。また深夜電力の割引などは考えず、最も一般的な従量電灯契約を考えます。
それではこの家族がこの図のような料金体系に直面したら、どのくらいの電気を使うでしょうか。答えは次の図のAまで使うというものです。なぜなら電気から得られる満足度から支払金額を引いた結果的な満足度(=矢印の幅)が最大になるのがこの使用量だからです。
ここで電力供給量の制約から、この家庭の電気使用量をBまで減らして欲しいとしたら、電気料金をどのように変化させれば良いのでしょうか。最も簡単なのは、この家庭がちょうどBだけ使用したときに満足度が最大になるように、従量部分の傾きを急にすることです。これは次の図で示されています。
このとき使う電気の量はAからBへと減っているのに、支払う電気料金は増えています。これではお客さんは不満に思うでしょう。
しかしこの家庭に対して、電気使用量としてBを選ばせる手段はこれだけではありません。例えば携帯電話料金などで見られるような、一定の使用量までは定額部分に含まれているといった契約を考えてみましょう。そしてCまでの使用量は定額部分に含まれていて、Cを超える部分に対しては先ほどの図と同じ傾きの従量料金が加算されるとします。このとき次の図のようになります。
このような料金設定の下でも、電気使用量としてはやはりBが選ばれますね。ここから分かるのは、この家庭の使用量を特定の値に誘導したいときに重要なのは、支払う電気料金の総額ではなく、従量料金部分の「傾き」であるという性質です。あとは固定料金の金額とそれに含まれる使用量Cを適切に選ぶことで、この家庭の電気料金支払額を変化させることが可能なのです。
この性質を使って電気料金を設計すれば「節電しているのに値上げされるなんて許せん!」といった批判を浴びることなく、節電を奨励することが可能になります。おそらく昨年と同様に電気を使うと値上げになるが、節電したら値下げになるくらいに料金設定することが最も理解を得られるのではないでしょうか。実際に下の図ではそうなっていますね。
もちろん各家庭ごとに電気を使うことから得られる満足度は異なりますし、電気料金として支払える金額も違います。よってすべての家庭に対して同じ料金プランを提示したとしても、各家庭ごとに選ばれる利用量は異なるでしょう。そこで、実際には平均的な家庭向けに価格体系を決めることになるでしょう。
多くの経済学者の提言は、スマートメーターの設置などによりピーク時のみ価格を上げること(いわゆるピークロードプライシング)が不可能であることを前提とするなら、従量部分の傾きを急にしようということです。ここで説明したように、だからといって一般家庭の毎月の電気料金が増えるとは限りません。ご理解頂けたでしょうか。
なお私がTwitter上で書いた関連するコメントがTogetterにまとめられていますので、こちらも参考にしてください。まとめて頂いた @marianna_ave さん、ありがとうございました。
気にかかっていて時々考えていたんですが、2点ほど。
返信削除1.ノンテクニカルな直感は「節電が、よりおトクな料金体系にしましょう!」という感じになるでしょうか。そのためには、単位当たりの価格を上げればよく、固定費を含めた総額は逆に低くなっても良いと。もちろん上と同じことを言っていて、言い方の違いです。
2.でも上の点とは逆に、僕なんかは電気代と言うと(恥ずかしながら!)総額(家計支出に占める割合?)を気にしてしまうので、固定費が値上がっても、電力消費を減らす気がします。
Koheiさん
返信削除コメントありがとうございました。
1についてはその通りです。確かに「節電が、よりおトクな料金体系にしましょう!」という言い方の方が賛同者が増えそうですね。
2についても,おっしゃることは理解しています。まずこの記事の主張は,人が合理的なら,大事なのは従量部分の傾きであり,電力使用量の抑制と電気代の引き下げは両立可能だというものです。
一方で,人はあまり合理的でないので,計算費用の節約のために例えば「家賃は月の手取りの3割まで」といったような,ある程度の目安に従って支出管理をしているかもしれません。同様に電気料金は月に5000円程度などと総額で管理している場合には,仮に単価を変えてもこれまで通りの使用量ならこれまで通りの支払額という料金設定だと,節電しないかもしれません。
このような金銭管理をする人の場合には,Koheiさんが書いたように「固定費が値上がっても、電力消費を減らす」というのが成り立ちそうですね。
料金体系を変えたら,人がどのように反応するのかには興味があるので,明日にでも実証/実験の論文がないか調べてみます。
ありがとうございます。東電の「基本料金」=固定支払額は絶対額が小さそうなので、マイナスにしても良いですよね。もちろん、電力会社から消費者への支払いは非現実的なので、ある程度までの電力消費はタダになるとか、そういう形にすると、また受け入られやすくなりそうです。
返信削除ただ、安藤さんがおっしゃるように実際に家計がどのように消費電力を決めるのかはすぐれて実証的な問題と言う気がするので、もし文献がありましたらご教示いただけると幸いです。これといったものが無ければ論文のネタになりそう??(笑)